ReShatta2

せんこーこーこーりーしゃった!った!

三年ぶりに小説道場の門を叩いた話

 最近というかここ二年ほどオフのことで色々と悩みつづけている。その悩みのおかげで元々無かった生気がさらに失われているような状態だ。どんな悩みかは言わない。

 私は何の取り柄もなければ気力もない。そんな自分が生きていると感じられるのは、文を書いている瞬間だけだった。でもそれも楽しいと感じられなくなってきていて、ここ半年ほどはふらふらとゲーセンに行ってはぼんやりゲームをするだけの人間になっていた。話はそれるけど、アケゲーがなかったら私は今頃マジで病んでいただろうからゲーセンマジでありがとうなんたって私はアケゲーしてたら思うように文が書けるようになったと行っても過言じゃないしなこれからも貢いでいくわ(?)。

 どうしてこんなに文を書くという行為が以前より楽しくなくなってしまったのか。いつになっても(ツイッターや二次創作や日記状態のブログ記事以外の)力の入った文を書こうという気持ちになれないのか、ずっと考えていたが答えが見つからない状態でいた。だけどその頃はゲーセンでゲームをするのがとにかく楽しくて、「そんなことを考える暇があるならゲームがしたい、どうせ文を書くことは好きなんだからまたいつか書きたくなるだろう」と思ってやっぱりゲーセンでゲームばかりしていたゴミクズだった。

 

 そんな感じでゲームばかりしているような生活を送っていたのだが、最近オフでJUNE文化のことを思い出すような出来事ことがあった。

 私は大学4年生の冬にJUNE文化を知り、短期間ではあったが、それはもう気が狂ったようにのめり込んでいた。参考記事(気が狂っているので注意):

mi8no.hateblo.jp

mi8no.hateblo.jp

  しかし、大学生という少女でいられる(ここで言う少女とは、まだ何者でもない存在であり、何かに対して全力でのめり込むことが出来る状態のこと)最後の時期を終え、社会人になった私は、グロテスクな社会の中で、JUNE文化のこと――というよりはJUNE文化に熱を上げていた頃の純粋な自分を忘れていった。

 そんな状態の時に、オフでJUNEのことを思い出す出来事があったのだ。どんなことがあったのかは書けないけれど、端的に言えば、小説道場で言われていた・過去の自分が書いたブログ記事の言葉を借りて言うならば、「愛について妥協出来ない」という言葉を、私は理解したようで全く出来ていなかったという現実に直面してしまったのだ。

 「愛について妥協が出来ない」という言葉はあくまで概念の話で、実際はみんな妥協して生きていくのだろうと思っていた。実際、私は簡単に妥協が出来てしまう根性無しな人間なのだ。(妥協が出来るくせに人付き合いが出来ないのはなんでだよというツッコミは受け付けない。) だけど、本当に妥協出来ないような人も世の中には存在することを知ったとき、ここ二年ほどずっと曇ってみえていた世界に何か光るものが見えた気がして、私は三年ぶりにJUNEのことを本当に思い出した。ちなみに、「本当に思いだした」とは、今本当に自分がJUNEを必要としているという意味だ。

  「愛について妥協出来ない」ということを理解したい。理解出来なくても、せめてもう一度JUNEについて把握しておきたい、だから今こそJUNE文化ともう一度向かい合う時だ、そう思い、私はJUNE関連の書籍を読み返すことを決意した。まずは私がJUNEと出会うきっかけとなった絶愛・BRONZEから読むか......と思ったのだけど、時間がない(こういう時本当に社会人はクソだと思う)のでいきなり小説道場の門を叩くことにした。

 

 私は、「JUNEとは何か」「愛について妥協出来ない存在」については小説道場1巻のあとがきが全てだと思っており、今回もそのつもりで小説道場をあとがきを軽く流し読みした後に1巻の頭から読み始めた。

 結論から言うと、今の私に小説道場1巻のあとがきはあまり刺さらなかった。初めて読んだ時は衝撃でしかなかったけど、それから何度も読んでは胸に刻んだ文章だからか、あまり感動はなく、やっぱりそうだよねと頷いただけで終わった。そこに今の私が求めているものはなかった。だけど、その代わりに、初めて読んだ時はあまり思うことはなかったはずの本編に激しく心を打たれた。

 文面から溢れる、中島梓先生がJUNE文化を心から愛していて、門弟たちがより良いJUNE小説を書き上げるために時に全力でぶつかり、時に全力で受け止めているその姿に、読んでいて思わず目頭が熱くなった。初めて読んだ時は、この人熱量が凄いなあと笑っていただけのその姿が、今の私には深く突き刺さった。

  1巻に収録されている回はどのページを開いても、情熱の宝石箱状態(?)なのだが、特に私の心に突き刺さったのは、第十三回の以下の文章だ。

伝えたいことがないなら小説なんか書くな! 一人でも多くの人に、自分のイメージを伝えたい、と思わないなら、書いたものを人になんか見せるな! へんヘーの嫌いなのは、つたない小説でも、平凡な小説でもない。へんヘーは一人よがりの小説と、小手先でひょいひょい書いてる妙に「書きなれ」のした小説がいちばん嫌いだ。どちらにも、つたなくともこれだけは人に伝えたい、という気塊がない! 熱くなれよ、書くからには。キャラでもシーンでもストーリーでも何でもいいから、何かひとつに入れこむのだ。プロなら金のため、いま書きたくもない話を、書かにゃならんこともある。投稿してるうちから、妙に「悪ズレ」したものや、一人よがりの誰にもわからんものを書いてどうする。熱いのが諸君のいちばんのとりえじゃないか。前にもいったが、〆切もなく、書きたいときに自分のペースで好きなものが書ける、いまがいちばん幸せなのだよ、諸君は。もっともっと、小説との蜜月を楽しみなさいよ。

中島梓 著「新版・小説道場1」光風社出版、1992年)

 

  ※ただし、私が読んでいるものは天狼プロダクションから発行・ボイジャープレスから発売されている電子版です。故にページが不明です。すみません。

 この文は激しく私の心を揺さぶった。なぜこんなに揺さぶられるのか、この時はよく分からなかった。ただ、分かることは、今の私は全く熱くないということだった。生きることにおいても、文章を書くことにおいても、何に対しても。

 そしてここで私はかつてコバルトさんの短編小説新人賞に応募して、運良く最終選考作品に選ばれ、選評で、「醒めていたり無気力だったり虚無感のある雰囲気が漂っている」と評価された時のことを思い出した。参考:

mi8no.hateblo.jp

cobalt.shueisha.co.jp

 あの文は、10代の頃から自分の内側でずっと重く沈んでいて、一人で抱え込み続けてきた思いの一部をやっと発散させることが出来たものだった。ものすごく自分らしく書けたと思っていた文なのに醒めているとは何事だ。無気力だと評された文だが、その無気力な文を私は全力で書いた。私はこの思いを絶対に書き上げて世に伝えなければいけないという使命感に駆られていた。今読むと下手くそな文でしかないけれど、あの頃、私は確かに熱くなれていた。

 .....ということを思い出して、改めて上記の引用文の「熱くなれよ、書くからには」という文章を読んで、ハッとした。

 あの作品は、他人からすれば、虚無感や無気力さに溢れていたり、醒めていたりと、読み手を暗い気持ちにさせてしまうものだったかもしれない。だけど、私が書きたいのはそれなのだ。私が熱くなって書けるのは、それしかないのだ。無気力であることに対して熱くなれるなんて、端から見れば、すごく矛盾しているけれど、実際そうだから仕方ない。私が普通の人よりも少し上手く書けるのは、そういった、本当は触れてはいけない部分しかないのだ。ということを、上記の引用文を読んでやっと気がついた。

 

 思い返せば、2018年に本格的に創作小説を書き始めて、あの作品とバブル小説以外において、私はいつも自分を偽って小説を書いていた。

 私だって偽りたくはなかった。だけど、わけあって、何でもいいから今すぐに実績が欲しい状況だったのだ。(悩みのことも、JUNEを思い出す出来事も、このくだりも、肝心なところは全部伏せてしまってごめんなさい。ありのまま話したいけれど、これらの部分は不特定多数の人が見ているところではどうしても書けませんでした。でも直接聞いてくれたら身内になら全然話します。)

 本当の私をむき出して書いたところで、それはあまりにも暴力的すぎて、大衆に受け入れられないことを私は知っていた。だから、自分を偽って、大衆受けするように意識して創作文を書いていた。.....けど、今思えば、実際に上手くいったのは少しでも自分をさらけ出せた文で、そうやって大衆受けを狙って書いた文はドン滑りだったなってここまで書いて気がつきました........知ってないじゃん、バカすぎる......。

 そうやって大衆受け()を自分なりに狙いながら()書いてた時に、コバルトさんの短編小説新人賞でああいった評価をもらったものだから、「バブル小説もそうだったけど、確かにあれは読み手が幸せにならないもんな、もうああいう路線の文はやめて、明るく書かなければ」と思うようになり、本当は全然明るい性格でもないのに、自分を偽って創作文を書く癖が加速したのだろうと、今なら思う。ちなみにブログ記事とツイッターと二次創作はいつでも私そのものなのでそこは信じてほしい(?)。

 

 小説道場第十三回の上記の引用文を読んで、最近の私は文を書くことに対して全く熱くなれていないことを思い出した。その原因は間違いなく、自分が書かずには生きていけない人間であるにも関わらず、その大好きな、文を書くという行為に偽りの自分を以て向き合っていたからだ。

 ここまで読んで、「でも、ツイッターとブログ記事と二次創作は自分そのものなんでしょ? 嘘ついてない部分もあるじゃん」と思う人もいるだろう。だけど、私にとって文章を書くとはあくまで創作小説(や、全然書いてないけど論文ちっくな文)を書くことであり、ツイッターや日記状態のブログではないのだ。なぜなら、私にとって(二次創作小説はそんなに気軽に書けないからちょっと違うが、)それらは、呼吸をするのと同じくらいあたりまえのことだからだ。

 

 話を戻す。自分を偽って文を書いていたならば、これからは正直に書けば良い話だ。だけど、それが私は怖かった。

 なぜなら、私は性格がめちゃくちゃ悪いからだ。私が文を書くことにおいて一番興味があって、一番上手く書けるのは、無気力だったり虚無感のある分野であると言っている点で察してほしいのだが、私はめちゃくちゃ性格が悪い。ひねくれている。歪み散らかしている。

 日頃、気が置けない友人の前とツイッター以外では(悲しい)思っていることをめちゃくちゃ我慢して過ごしている(だから人付き合いが嫌いだし、それに相手も不信に感じちゃうから友達も少ないんだろな......)。信じられないくらい性格が悪い。自己中心的思考が半端ない。それでいて興味がないことにはとことん冷たい。普通の人が「良い天気だね」といったら「そうだね、こんな日はお散歩したくなるね」と答えるなら、本心の私は「そうだね。で?」という感じだ。実際はそうはいかないので、私も「こんな日はお散歩したくなるね」と無理矢理言うが。世の中が私みたいな人ばかりだったら間違いなく明日には地球が消滅する。

 というわけで、日頃、常に「これ言ったら相手はどう思うかな......」だとか、「こう言ったら多分相手に引かれちゃうからこう言わなきゃ」ということにばかり怯えて過ごしている。要するに、そんなクズみたいな私がありのまま書いた文は間違いなく人を傷つけるということだ。

 こんな状態で、一体どうすればいいんだと思いながら、小説道場2巻を読んでいたのだが、第二十七回に、まさに私に宛てているような文があった。

よい小説は、読み手、つまりコミュニケートの相手をあらかじめ想定し、その反応に対して怯えている状況からは生まれてこない。たとえとてもよい設定とキャラと情念を君がもっていてさえ、そうやってものごとに予防線をはることが、君がストレートにそれを世に表現することから邪魔になる。人に受入れられないのじゃないか、笑われるのじゃないか、私だってちょっとしたものなのだ、どうせわかりゃしないだろう——そんなことをもし少しでも感じたとしたらかなぐりすてなさい。時間のムダだ。あなたと世界の間にあなたの小説をおくのだ。あなたと小説の間に読者をおいてはいけない。もっとストレートに、もっと無条件に自分の書きたい小説とキャラに自己陶酔することも必要である。相手の反応を予めはかってそれに対して怒ってはいけない。君の小説、君のそういう内面が丸ごと出ていますよ。

中島梓 著「新版・小説道場2」光風社出版、1993年)

 この部分を読んで、激しく胸を締め付けられ、気分は涙が止まらないという感じだった。

 私は94年生まれで、この本が出されたのは93年で、JUNEに掲載されていたことを考えるとこの文自体が書かれたのはさらにもっと前の話だ。要するに、これは私が生まれてくるずっと前に書かれた文章だ。なのに、どうしてここまで私の悩みを的確に突き、そして私が求めていた答えを書いてくれているのだろう。これは道場の門弟に向けて書かれた文章であるが、あまりに私の悩みを的確に捉えすぎていて、「私のことをずっとここで待っていてくれたのか」とつい思ってしまった。実際には三年前に読んでいるはずなのだが......。まるで、私はこの文章に出会うために、そして、この文章に涙を流す(流してない)ために、この二年ほど苦しんできていたのかといわんばかりの衝撃だった。

  

 わけあって文で実績が今すぐに欲しい状態だったと話したが、上記の引用文を読んで、私の考えは変わった。

 偽った文で仮に沢山の実績が出たとしたら、世の中はそれを求めているということだ。それはつまり、その路線で一生いかないといけなくなる――自分に嘘をつきながら生きていかないといけなくなるということだ。何の取り柄もなければ、人付き合いも世渡りも下手くそな自分に唯一与えられた、書くという、何よりも生きていると感じる瞬間や行為にさえ嘘をついて生きていかなければいけなくなるということだ。そんなの、いつか自滅に追いやるだけだ、と私は気が付き、その時ようやく、二年ほど私を縛り続けていた(というか自ら縛られにいっていたのだが)自分を偽って文章を書くという呪いから解放されたような気がした。

 

 私は「愛について妥協出来ない」とは一体何だったのかを再確認するために、今回、小説道場を再読した。JUNE文化でいう「愛について妥協出来ない」は、私でいうところの「文を書くこと」なのだと思う。私は自分のことを、簡単に妥協出来てしまう人間だと思っていたが、そうではなかった。私にも妥協出来ない部分がちゃんとあったのだと気付けたことがとても嬉しい。

 「愛について妥協出来ない」とは、端的にいえば、「どう頑張っても捨てられない部分」「その部分を捨てれば自分が自分でなくなる部分」であるという結論に至った。もっと分かりやすく言えやと言われると、残念ながら私の今の技術では言い表せないので、ここまでの文で感じ取ってほしい(最後の最後で無責任でごめんなさい)。あくまで、これは今の私の考えであり、今後はまた変わってくるのかもしれないが、その時はその時だ。

 

 結論が出たとはいえ、やっぱり不安は拭い去れない。性格が悪い私がむき出しで書いた文は間違いなく人を傷つけるだろう。この記事だってもしかしたら既に誰かを傷つけたり不快にさせているかもしれない。

 だけど、思い返してみれば、そんな文を書いて、受け入れられなかったことももちろんあるが、共感してくださる方もちゃんといた。ありがたいことに、こんな奴のために貴重な時間を割いて熱のこもった感想文を書いて送ってくれた方や、私の文が好きだと言ってくれる方や、もう何年も前の記事なのにも関わらず未だに反応してくれる方や、変わらず仲良くしてくださる方がいた。

 それなのに、私は今日までそれに気付かず、大迷走ひとり相撲時代(?)状態だった。私はなんてクソ野郎なのだろう。

 今まで私の文に反応してくださった皆さん、本当にありがとうございます。そしてせっかくのお言葉を信じきれなかったクズで本当にごめんなさい。これからは今まで頂いた言葉を胸に、また昔みたいに狂った文を書いていこうと思います。ここまで書いて思ったんですけど、信じるってすごく難しくて、覚悟がいることですね。。。

 

 久しぶりに、過去の自分を超えられたと思えるような文が書けて、今、私はとても達成感に包まれている。ここまで自分の感情に沿って、それでいて概ね思うように表現出来た文章は久しぶりな気がする。

 おそらく、他人からすればこの文は、結局どこが軸で何が言いたいのかよく分からないだろう。JUNE文化を知らない及び小説道場を読んだことがない人からすればなおさらだろう。構成も練らずに思いつくまま書き連ねているのでそう思われても仕方ない。その気になれば、解説をいれたり、焦点を合わせて、読みやすい文にすることはおそらく出来る。だけど、今回はあえてしない。

 この記事は、小説道場を読んだ直後の熱量を鮮度が落ちないうちに伝えたかったというのと、先生のいうところの、(この記事は小説ではないが)「もっとストレートに、もっと無条件に自分の書きたい小説とキャラに自己陶酔することも必要である」を今の自分はどこまで出来るのか見てみたかったから書いた。悩みの部分とか小説道場を再び読むきっかけになった部分を伏せてる時点でまだ大分隠してると思われるかもしれないけど、そこはまあ許して欲しい。知りたい人は直接聞いてくれたらと思う(ただし身内に限る)。とりあえず、自分では自分が予想していたよりもよく書けて満足している。

 

 小説道場を読み直したおかげで、ずっと悩んでいた大部分が解決されたとはいえ、まだ完全には悩みは解決されていない。だから、これからはその残った悩みをどうにかして解決する必要がある。故に、すぐにまた文を公開することは出来ないだろう。だけど、その日は必ず来ると思うので、その暁にはぜひ読んでほくそ笑んでいただきたい。そして、いつか悩みのこととかも、そんなこともあったよなあと、笑って書けたらなと思う。

 

少女たちのアナーキズム万歳。それを失ったとき、少女たちはおばさんになるのです。

中島梓 著「新版・小説道場4」、光風社出版、1997年)

 

(了) 

 

新版・小説道場1

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小説道場ご隠居編 新版・小説道場

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